私が国家公務員を休職するまで|SOSを出せなかった1年間の話
はじめに
この記事は、制度の解説ではなく、私の体験談です。
休職する前の1年間、私は「まだ大丈夫」と言い続けていました。周りに迷惑をかけたくなくて、SOSを出せなかった。
今、同じように限界に近い状態で働いている人に読んでほしいと思い、書きました。
変化の始まり
トラブル続きの職場は、異動前の職場とまったく文化が違いました。
残業が当たり前、有給(年休)は取りにくい雰囲気、ハラスメントをハラスメントと思わない上司も多かった。「慣れればなんとかなる」と思って、頑張り続けました。
最初のサインは「疲れが取れない」こと
最初に気づいたのは、休みになっても疲れが取れなくなったことでした。
出勤の朝が特につらくて、体が布団から動かない。
それでも「みんな同じくらい疲れてるはず」と自分に言い聞かせていました。
「まだ大丈夫」の繰り返し
産業医の面談を受けられる機会はありましたが、「これを受けたことが周りにバレたら・・・」と思うと踏み出せませんでした。
相談できなかった理由
同僚に相談しようと思っても「みんな同じように忙しいから」と思ってやめてしまう。上司に言えば「メンタルが弱い」と思われそうで怖かった。
こうして、助けを求めるタイミングをずっと逃し続けていました。
限界のサイン
今振り返ると、こんなサインが出ていました。
睡眠の変化
寝つけない、朝早く目が覚める、夢を見すぎる。
仕事でのミス増加
集中力が落ちて、簡単な書類でもミスが増えた。
感情の平坦化
楽しいことが楽しくない、何も感じない時間が増えた。
身体症状
頭痛、胃の不快感、慢性的な疲労感が続く。
思考のネガティブ化
「自分はダメだ」という考えが止まらない。
これだけのサインが出ていたのに、「まだ大丈夫」と言い続けていたんです。
倒れる寸前に、ようやく声を上げた
ある朝、どうしても体が動かなくて、初めて上司に「体調が悪くて休みます」と連絡しました。
電話口で声が震えてしまいました。その日を境に、ようやく医療機関を受診し、診断書をもらい、休職という選択をすることになりました。
「早く言えばよかった」と今は思う
休職に入って、回復してきた頃に思ったのは「もっと早く言えばよかった」ということ。
限界まで頑張るほど、回復に時間がかかる
限界まで頑張り続けたことで、回復にも時間がかかりました。早い段階でSOSを出していれば、もっと軽い状態で済んだかもしれない。
あなたが今「まだ大丈夫」と言い続けているなら、一度立ち止まってみてください。
まとめに代えて
休むことは逃げることじゃない。回復するための、正しい選択です。
あなたの「助けてほしい」という気持ちは、弱さじゃない。限界まで頑張ってきた証拠です。
